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思えば、道草から始まった人生

k1itoがお寿司が食べたいと思ったら書く(つまり月に1回ぐらいの頻度で)

ある田舎者が東大に入って落ちこぼれていく過程

概要

東京大学理学部数学科の卒業者と東京大学大学院経済学研究科の入学許可者が発表され、
自分は両方に該当していることがわかったので、それについて書く。
簡単に言うと、なぜ理学部数学科にいた私が経済学研究科に進学することを決めたのか、について書く。

目次

思えば、道草から始まった人生

秋元康 - Wikipediaに、以下のような記述がある。

中央大学文学部入学後、放送作家として活動を始めた当初は放送作家をアルバイトと考えていたが、当時のサラリーマンの4倍近い収入を放送作家業によって得ていた。しかし、本人はそれを「あぶく銭」だとしていた。「思えば、道草から始まった人生」と自身は回想している

いろんな人生があって、レールが敷かれた人生もあれば、道草ばかりの人生もあれば、みんなでマーチングしていく人生もあると思う。
それでも、この「思えば、道草から始まった人生」という言葉は僕には他人の人生とは思えないほど親近感の感じる言葉だった。

なぜこんな記事を書くのか

この大学生活を振り返ってみて、なぜ僕は東京大学理科一類を受験したのか、なぜ理学部数学科に進学したのか、
それぞれのステップはひどく悩んで一歩を踏み出して来たのに、その最初の一歩を終えるといつの間にかその選択が当然のように思えてしまって、肝心の当初の目的というのを忘れてしまうことがあった。
なので、いつかまた自分が何をして、何を思ってここまで来たのか見失ってしまったときのためにここに書き留めておく。完全に自分用の記録であり特に人に知らせるべきことでもないと思われるので、気が済んだら非公開にする。

2013年4月 東京大学教養学部理科1類入学

  • なぜ東大にしたのか

完全に忘れてしまった。多分偏差値だけ見て自分にちょうど良い感じの大学に思えたのだと思う。
僕の高校では、そこそこ勉強したい人は東大へ、ウェイは京大か医学部へみたいな雰囲気があった。
東大の五月祭に来て、模擬店をやっている前期教養の生徒やサークルの人間はどうしようもない人間だらけだが、 学科展示などを見て回ると本当に熱心に取り組んでいる人がたくさんいて、きっと2年きっちりと教育をして僕みたいな下らない人間でもしっかり育ててくれるんだろうなあと高校生ながらに思った記憶だけはある。

  • 他に悩んだ大学

は、京都大学理学部・東京工業大学第1類・筑波大学理工学群だった。
これらの大学は、少なくとも高校生の自分には地方大学にしか見えなくて、あまり行く意味を感じなかった。
もちろん後にどの大学もそれぞれすごい大学であることが分かる。

入学当初は理学部情報科学科か理学部数学科に進もうとしていて、本当に半分半分という気分だった。なのでサークルもTSG(理論科学グループ)と物理研に入っていた。

コンピュータは小学校ぐらいから好きで、HTMLなんかを弄っていた。中学時代はC言語で小さいプログラムを書いたりPHPで小さいWebサイトを作ったりしていた。なのでいくらかコンピュータサイエンスには馴染みがあった。高校に入ってから、僕はどちらかと言うとプログラムを書いていくより理論をやりたい方だということがわかったので情報科学科を志望していた。

  • なぜ数学科を志望していたか

所謂数学との出会いは小学生の時まで遡るが、現代数学にであったのは高校2年生のときに高校の恩師と群論のゼミをしていたのがあって、そのあたりから現代数学が好きだった。物理研に入って更に数学好きは深まった。

2014年4月 教養学部2年に進級

昔から外国語を勉強するのが好きだった(高校時代にラテン語とロシア語と中国語を勉強していた)というのもあって、3年という必修3コマの時期に7外(英語・中国語・フランス語・セルビアクロアチア語・古典ギリシア語・韓国語・ヒンディー語)までの授業を入れた。数理科学1〜5とプログラミングのバイトと自主ゼミも入れていたので結構有効活用していたんだなあという感じがする。

(2年前だからこそできた技でもう数年遅れていたら理学部にしか志望を出せなかった)
その時もかなり悩んでいて、いっそ自主留年+留学してもう一度落ち着いてゆっくり色々な勉強をしてみようかとも思ったが出来なかった。
結局進振りは第一段階で通ってしまって、もっと点数を減らしておけば楽しい文学部生活が待っていたかもしれない。

  • なぜ超域文化科学を第二希望にしていたか

というと、やっぱり自分は根っからの理系で、文系学問に染まれる自信もなかったし、超域文化科学を2年間修めたところでその後に何をしているのか全く想像も出来なかった。そもそも自分の好きな外国語学習と言語学が一致している自信もなかった。

というと、これは単に僕の運が悪かった。高校の時に参加したカーネルVM勉強会やTSGで出会った人やプログラミングのバイトで出会った人や競技プログラミングをしていて出会った人。ことごとく相性が悪かった。後に情報系でも相性の良い人は沢山見つかって、そういう人に早めに出会っておけば僕の人生も変わっていたかもしれない。

  • なぜ数学科にしたのか

というと、まず大学1・2年のときにゼミをやっていて、現代数学に慣れ親しんでいたというのが大きかったし、身の回りの数学科の人・数学科に進学する人はみな良い人ばかりで、こういう環境なら自分でもやっていけるかなあと思っていた。数学を2〜年間修めたあとも、金融なりコンピュータなりとからめてなんだかんだ生きていける気がしていた。

2015年4月 理学部数学科に進学

このころは結構楽しかった気がする。数学科は予想していたとおり、優しい人が多くて、僕みたいなの無能な人間でもそこそこ受け入れてくれるムードがあった。ただ授業はあまり面白みを感じなかったし、夏学期は出席が必要とされる科目以外はほとんど出ていなかった。そんなことをしているから複素解析学2を追試になったりしたし、それ以外にもいろいろな物を失った気がする。後期の授業は楽しくてほとんど出席していた気がする。代数学については結構真面目に(当社比)演習も解いていた気がする。

2016年4月 理学部数学科4年に進級

このときに割りと大きな転機があって、僕は大学3年の8月に生命保険会社のアクチュアリーインターンに行っていた。結構これが楽しくって、就職してみるのも良いかなあと思った。その後合計して生保3社と損保1社のアクチュアリーインターンに行って、どこのインターンもいい人ばっかりだったので、とりあえず3月から6月までは就活してみることにした。卒業研究と就職活動の両立は結構辛いものがあって、就活それ自体は辛くはなかったが両立はかなり辛かった。講究については私が卒業研究(数学講究)で勉強したことの概略〜本のリストと感想〜 - 思えば、道草から始まった人生を参照。

  • なぜ就職しなかったのか

就活中や内々定を貰った後に色々と考えたことがあって、

  • 僕は本当にこの業種で僕の才能をフルに使えるんだろうか
  • 大学にやり残したことはないだろうか
  • 自分は本当は何をしたいんだろうか

とかいう問題だった。

ここでやっと長々と僕の下らない人生を語ってきた伏線回収があって、
僕は数学を勉強するのも好きだし、コンピュータサイエンスを勉強するのも好きだし、言語を勉強するのも好きだし、数学を実世界に活かすことも好きだ。アクチュアリーになったら、最後の一つしか出来ないし、残りの3つは中途半端で終わってしまうし、アクチュアリーを一生続けていけるかどうかは分からない。こんな中途半端なままで社会に出るのは嫌だ。と思った。
なので、6月1日の就活解禁日にはすでに心は決まっていて、大学院に進むことにした。

2016年9月 東京大学経済学研究科に合格

数学とコンピュータサイエンスと外国語がいかせて、経済や金融に絡んで行けるような大学院を探し続けた結果、
東京大学大学院経済学研究科と京都大学大学院経済学研究科と東京工業大学イノベーションマネジメント研究科という3つの大学院があった。
どれも魅力的だったが、東大以外は数学の研究を行っている人が少なく、やはり東大経済にするしかなかった。
東大経済の研究室訪問をした先生や研究室について伺った先輩なんかの話を聞いてもやはりこの研究科が僕に向いているような気がした。
院試は幸い東大経済は来る者は拒まずな態勢だったので何も勉強せずにすんなり合格できた。
せめてミクロ・マクロのちゃんとした基礎知識をつけるためにも京大経済を受けておくべきだったと後悔している。

  • なぜ数学系の大学院を受けなかったのか

これは簡単で、数学系の院は確かにコンピュータサイエンスや自分の好きなことを勉強しているひとがたくさんいるが、
大前提として数学系の院にいる人は数学ができる人であるというのがあって、
僕みたいな数学が出来ない人が、会社法会計学機械学習なんていうのをやっていると結構冷たい視線を感じることがあった。
なので僕には無理だなあと思った。
ただ学部時代の基礎を固めるという意味でも数学系の院を受けておくべきだったと後悔している。

その後

院試合格後は専門を数論から数値解析に変えてみたり、確率論の勉強を始めたり、会計学の勉強を始めたり、法律の勉強を始めたり、データサイエンティストのアルバイトを始めたりした。これが吉と出るか凶と出るかはまだ僕には分からないが、とりあえず今は当初の目的を達成できていて楽しい。これからも一歩一歩振り返りながら軸がぶれないように進んでいきたい。

全体的な反省点

  • 勉強量がとても少なかった.何をやるにも中途半端だった.
  • 自分が何をやりたいのかちゃんと把握していなかった.
  • 人との出会いが少なかった.もうちょっと広い分野での.

Young積分と一点抜き論法〜高校生でも分かるが大学生にも面白い証明〜

概要

Young積分という積分手法とその積分が収束する証明が分かりやすくかつ面白かったのでそれについて紹介する。
最初に述べておくとこの記事での主定理は

定理(Young 1936)
fが \alpha -Hölder連続でありgが \beta -Hölder連続であり, \alpha + \beta > 1であるならば
fはgに沿って積分可能である。

という定理であり、この証明について書く。

積分を振り返る

高校数学では不定積分微分の逆演算で、定積分は不定積分を制限して面積を求める手法であるように習う。
大学では、積分は最初から面積を求める手段と割り切っており、一番最初に習う積分方法は次のようなリーマン積分である。
リーマン積分は次のような手順で計算される。

  • 積分区間を好きなように分割する
  • その分割から好きなように代表点を取ってくる
  • 下図のように長方形を作って面積を測る
  • 分割の幅をどんどん小さくしていく
  • → グラフの面積が求まる!

これを式で書くと以下のようになる。

f有界区間 [a,b]で定義された実数値の関数とする。
この区間[a,b]上に a = t_0 < t_1 < \cdots  < t_n =bというn+1個の点を設けて分割する。
このように分割する方法を  \Delta = \{t_0,t_1,\cdots,t_n\} によって分割するという。
また、分割\Deltaの中から  t_i \le x_i \le t_{i+1} を満たすように代表点  \xi = \{ \xi_0 , \cdots \xi_n \}を与える。
このように関数f,分割Δ,分割の代表点ξが与えられたときに、それに対するリーマン和


{ \displaystyle \large	
s(f,\Delta,\xi) := \sum_{i=0}^n  f(\xi_i)|t_{i+1} - t_i | 
}
という風に定義される。この分割の幅を小さくしていくと,リーマン和がある値に収束するとき,その極限をリーマン積分という.

これだけ式を並べられてもよくわからないのでWikipediaさんから分かりやすいGIF画像を借りてくると
f:id:k1ito:20170205111724g:plain
このようになる。
リーマン積分は、高校数学の区分求積法と似ているが、分割のとり方も代表点のとり方も自由というところで異なる。

Young積分とは

今までは関数を区間において積分するものだったが、更に関数を関数に沿って積分したいことがある。これが大学1年生で習うスティルチェス積分である。

gを区間[a,b]上で定義された実数値関数とする。
fも同じく区間[a,b]上で定義された実数値関数とする。
Δを区間[a,b]の分割  a= x_0 < x_1 < \cdots < x_n = b とする。
 \xi_i x_{i-1} \le \xi_i \le x_{i} を満たすように取った代表点とする。
このとき


{ \displaystyle \large	
 s(f,g,\Delta,\xi) = \sum_{k=1}^n  f(\xi_k) (g(x_k) - g(x_{k-1})) 
}
という風にして、fのgに関するリーマン和を定義する。
この分割の幅 { \displaystyle \max_{1\le k \le n}(x_k - x_{k-1}) }を0に近づけていくと
 \xi_iのとり方によらずある一定の値に収束するときその極限をスティルチェス積分といって

{ \displaystyle \large
 \int_a^b f dg}
として表す。

これは完全にリーマンの拡張となっている.なぜdgという風に表すのかというと、gが微分可能で導関数も連続なとき


 { \displaystyle  \int_a^b f dg  = \int_a^b f(x)g'(x)dx}
という式が成り立つからである。

ここで問題となるのが、f,gがどんな性質を満たすときにこの積分を行って良いのかということである。この記事ではこれからこの積分可能条件について焦点を当てていく。

どんなときに積分可能なのか

微分積分論の有名な教科書、杉浦光夫先生の「解析入門I」にはfが連続でありgが有界変動関数であるとき積分が可能であるという。
しかしYoungは更に新しい条件を見つけ、積分可能な関数の幅を広げる。これがYoung積分と言われる所以である。
結論から言うと次のような定理になる。

定理(Young 1936)
fが \alpha -Hölder連続でありgが \beta -Hölder連続であり, \alpha + \beta > 1であるならば
fはgに沿って積分可能である。

ではこの定理を証明してみよう。

Hölder連続とは

区間[a,b]で定義された関数fがα-Hölder連続(0<\alpha\le 1)であるとは、


{ \displaystyle \large	
\max_{a\le s < t \le b } \frac{ |f(t) - f(s)| }{|t-s|^\alpha} < \infty
}
という最大値が存在することである。この最大値をfのα-Hölderノルムと言って, \|f\|_{(\alpha)}と表す。
つまり,fが α-Hölder連続であるとき

{ \displaystyle \large |f(t) - f(s)| \le \|f\|_{(\alpha)}|t-s|^\alpha
}
が全てのs,tに対して成り立つのである.
特にα=1のときはリプシッツ連続と呼ばれ、α=0のときは有界な関数となる.
(厳密に書くとこの定義式はmaxではなくsupだが高校生も対象読者としているので怒らないでほしい)

一点抜き論法

この証明のキーとなるのが次のような補題である。これは高校生でも証明できるレベルの補題であるので一度立ち止まって証明を考えてみて欲しい。

補題
[a,b]を有界区間として,
 \Delta = \{ a = t_0 < t_1 < \cdots < t_n = b \} 区間の分割とする。
このとき, ある  k \in \{ 1,2,\cdots,n-1 \} が存在して


{ \displaystyle \large	
 |t_{k+1} - t_{k-1}|   \le  \frac{2}{n-1} |b -  a|
}
がなりたつ。

たしかに言われてみれば成り立つような補題であるが、一々こんな補題を見つけてくるのは頭がいい。
更にこれを有効活用してあっさり証明してしまうんだからもっと頭がいい。解答はLyons(1998)を見よ。

定理の証明

[証明]
もう一度定義を確認すると、積分可能であることを示すには、分割の幅を0に近づけていくとリーマン和の値がある一定の値に収束することを示せばいい。
つまり,分割 \Delta = \{ a = t_0 < t_1 < \cdots < t_n = b \} に対して,


{ \displaystyle \large 
S(\Delta) = \sum_{i=1}^n g(t_{i-1})(f(t_i) -f(t_{i-1}))
}
として定義すると、この分割の幅を小さくしていくとSが収束することを示せばいい.


区間の分割を \Delta = \{ a = t_0 < t_1 < \cdots < t_n = b \} とする。
まず、補題のようなkを一つ取る。そして, \Delta \setminus \{t_k\}を分割Δから {t_k}を抜いたような分割と定義する。
ここで,両分割によって定義されるリーマン和の差を考えると次が成り立つ.
{
\displaystyle \large
\mid S(\Delta) - S(\Delta \setminus\{t_k\}) \mid  \\
\large
=\ \mid g(t_{k-1}) (f(t_k) - f(t_{k-1})) + g(t_{k}) (f(t_{k+1}) - f(t_{k})) - g(t_{k-1}) (f(t_{k+1}) - f(t_{k-1})) \mid }
同じ部分をキャンセルすると
{\large
=\  \mid g(t_{k-1}) (f(t_k) - f(t_{k+1})) + g(t_{k}) (f(t_{k+1}) - f(t_{k})) \mid \\
\large
=\  \mid (g(t_{k}) - g(t_{k-1}))(f(t_{k+1}) - f(t_k)) \mid
}
となる.ここで,f,gがそれぞれα,β-Hölder連続であるという仮定を使うと,
{\displaystyle \large \le \  \|g\|_{(\beta)}  |t_{k} - t_{k-1}|^\beta \|f\|_{(\alpha)}  |t_{k+1} - t_{k}|^\alpha}
という風に不等式評価をできる.さらにtに関する幅を大きくとって揃えると
 {\displaystyle \large  \le \  \|g\|_{(\beta)}  \|f\|_{(\alpha)}  |t_{k+1} - t_{k-1}|^{(\alpha+\beta)}}
となる.ここで,補題のようにkをとったので,
{\displaystyle \large  \le  \|g\|_{(\beta)}  \|f\|_{(\alpha)}  (\frac{2}{n-1} (b - a)  )^{(\alpha+\beta)}}

そして,この一点抜きを繰り返すと最終的に分割は端の2点だけになる.そして,
{\displaystyle \large
 \mid S(\Delta) - g(a) (f(b) - f(a)) \mid \\
\large
\le  \|g\|_{(\beta)}  \|f\|_{(\alpha)}  2^{(\alpha+\beta)} \mid b -a \mid ^{(\alpha+\beta)}}  \sum_{k=1}^{n-1} \frac{1}{k^{(\alpha+\beta)}}
ここで区間の幅を0に近づけていくと,最後の
{ \displaystyle  \large
\sum_{k=1}^{n-1} \frac{1}{k^{(\alpha+\beta)}} }
は定理の仮定 α+β > 1 より収束する(ゼータ関数)
故に、Sが収束して積分の値が定まり、積分可能となった. (証明終了)

そもそもなぜこのような記事を書いたか

最近ラフパス理論というのを勉強していて,そこでT.Lyonsによるこの証明に出会った。
すごく素朴な補題と,仮定をきれいに使って不等式評価をしていくところに頭の良さを感じ,感動したので記事にまとめておくことにした。
ラフパス理論を拡張したM.Hairerは直近2014年のフィールズ賞を受賞しており、ラフパス理論自体を勉強するのも面白い。

参考文献

L. C. Young, An inequality of H¨older type, connected with Stieltjes integration, Acta Math. 67 (1936), 251–282.
(ヤング積分が初めて導入された論文)

Lyons, T.; Differential equations driven by rough signals. Rev. Mat. Iberoamericana 14 (1998), no. 2, 215–310.
(この証明が乗っていたもの.この記事では微妙に厳密な証明は省略してるので厳密なものはこれを参照)

杉浦光夫:解析入門 I,東京大学出版会 (1980)
(言わずと知れた解析学の入門書.積分の定義や性質についてはこれが詳しい)